寛永十癸(みずのと)酉(とり)年五月朔日の哥

175.五月雨に山の青葉をながむれば こゝろもはるゝ夏のあけぼの

  (さみだれに やまのあおばを ながむれば こころもはるる なつのあけぼの)

(釈)五月雨のつかのはれ間に周囲の山の青葉を眺めると、爽快な景色に心も洗われ晴れ晴れとする曙の夏よ。

忠廣解説

「ながめやれば」ともある。初めの頃の終句には「あけぼのの空」とも書いてあった。その頃の様子が思い出されて懐かしく、面白い塵躰集だ。まるで吉野の山の櫻が満開と言ったところではないか。

こんな哥の作意、五月雨が降りようやく衰えて雨のはれ間に外山の青葉の景色を眺めていると、晴れぬ私の気持ちが鮮やかに晴れ渡る心地がした。その時の心持、言葉、ありさまをなかなか表現できなくて、おおよその形を書いたものであろう。夏の景色の見立ては清新であろう。

 

*忠廣公は三年前に書きつけた和歌を改めて点検し、鑑賞しながらその時の自分のメンタリティーを正確に思いだし記述しようとしているのであろう。自分を他人のように見ているように思われる。この三四年の間に大きく変わったものがあったのであろう。もちろん変わらなかった物もあったであろう。この「塵に汚れた我」を意味すると思われる「塵躰和歌集」を書きだしたときの忠廣公と、校閲しながら当時のことを懐かしく思い出し、解説を付けくわえながら清書する三年後の忠廣公は別人の如くであったろうと思われる。

和歌集をつづり始めてから一年後に、忠廣公は突然書き続けることをやめてしまった。彼は自分の考えを大きく改めなければならないような現実に、否応なく向き合わされたからであった。それから三年後、彼はすでに回顧的(レトロスペクティブ)になっている。彼は別の自己を取り戻し三年前の自分を他人のように暖かく見つめていると云うことであろう。彼を変えてしまったものは何なのかは、この歌集をもう少し読み進めていけば分かる。(加藤注)

 

同二日

176.色にそみ名にたちにきやわが宿の 花たちばなの香をとめし袖

  (いろにそみ なにたちにきや わがやどの はなたちばなの かをとめしそで)

  (釈)おびただしい花橘で評判になったためだろうか、花橘屋敷と言われた私の住まいの花の香りをいっぱいに袖にしみこませて。

忠廣解説

この哥の作意、「名たつ」という言葉に花たちばなと言った我宿のこともつづけ面白い歌になっている。深い思いはあるようだが、詳しくはわざと書かない。私一人で楽しむだけである。

 

*この(釈)には自信がない。出羽丸岡館が「花たちばな」と言われた事実があるかということになる。これは山形の人にお尋ねしたい。忠廣公は、小さな黄色い花の群花への偏愛があるようだ。(加藤注)

この稿続く。

平成30223