37.花の色に忍ぶもぢずりみだれそめ わが袖おもきかすみなりけり

 (釈)夜に見た夢の面影が消えうせた。私の袖は、かぐわしい夢を覆う霞で濡れそぼり、まるで忍草で染めよれ絡まった乱れ袖のようになってしまっている。

忠廣解説

又は、こうでもあろう。「わが袖おもきかすみとはしれ。」

此の哥の作意は、十二三日のころ夢で、美しい花のような顔を見、いつもの良く知って

いるいとしい人の心の様子を心で感じ思い続けた歌であるようだね。ことわりはこれくらいだ。前のふた哥ともに同じ気持ちを表しているようだ。

 

  同十五日

38.まどかなる月の中空はるゝよの 春もさやけき鶯の声

(釈)まん丸の月が中空にかかる雲ひとつない春の空に、さわやかな鶯の声が聞こえてくるよ。

 

39.あめがしたことのはきけばたのもしや 露の命のあらむかぎりは

 (釈)雨の下のようなひどい境遇にいる私も、世に出ると云う人の言葉を聞けば、頼もしく思い露のようにはかない自分の命が続く限り耐え忍ぼうと思う。

忠廣解説

此の哥の心は、今は憂鬱な配所の生活をしていても、「世に出ることもあるかもしれない」

などとある人が言ってくれたのを聞いて書いた歌だ。

*忠廣公をなぐさめてくれた人物は誰であろうか。近くに住む、本住寺の住職、あるいは

他の僧侶、私は一番可能性が高く思うのは酒井忠勝公ではないかということだ。お坊さん

であれば名前が書かれていてもおかしくないが、忠勝公であれば、徳川の親藩であるから、

実名ははばかられただろう。(加藤注)

 

40.かすみたつではの山邊の春の色 朝日のどけき久かたの空

 (釈)いつかは発つであろう出羽の山辺に、うららかな春の朝日が、悠久の空に輝いている。

忠廣解説

前の哥に、「頼もしい」と書いたので、こうなったのであろう。「この春はわがなさかゆ

る山邊哉」ともいう言葉を一つ思いついて、書きつけておいた。「朝日のひかりのどかなる空」ともいう。

*忠廣公は信頼のできる人物の言葉で、思いを新たにし、未来に希望を持ったのであろう。(加藤注)

 

 同十六日

41.庭のおもおちこちおなじ霞ぞと 人に見せばや雪もしら波

 (釈)庭の上は遠く近くいたるところ霞に覆い尽くされているみたいだ。この雪も肥後の海の白波と思えば人に見せたい。

忠廣解説

 また、こんな事を云えると思い書きつけておく。

 

42.小鷹狩とりとるとしのすさみかな とものふ袖ものどかなる春

 (釈)とり年の鳥とると云うしゃれで、慰みに小鷹刈りに出かけた。女たちも一緒でのどかな春の一日を楽しんだ。

忠廣解説

 右の二句は、とり年の初春なので、思いついて書いたものであろう。「庭のおも」の歌は

奥山里は、正月十六日などには雪がこのように積もっていたので、そう書いたものだろう。

5月27日

この稿続く。