2017.06.18 加藤清正歴史研究会
加藤忠廣「塵躰和歌集」全訳(17)英数研究セミナー加藤敦
同九日
70.うき時は人の心に儀理もなし 人のれいぎは世に有しほど
(釈)憂鬱な時には人は薄情になり、人に対する礼儀も表面だけのものになる。
忠廣解説
人間の心ばえ、物などというものは、だいたい人間は情けというものも知らぬもの。この月、この日、この時に臨んで、こう思い続けたのである。「世にありしほど」(単に表面だけのこと)とは古哥の言葉であろう。
*忠廣公の憂鬱な思いは七日の頼母へ来た便りから引きずっているのだろう。自暴自棄になっているように見える。彼自身、他人に対する義理も礼儀も失い、ふさぎこんでいる様子だ。(加藤注)
同十日
71.かゑるべきみちを思へばうき時の すぐる月ひもおしげなきかな
(釈)ゆるされて古里へ帰る日の気持ちを想像すると、憂鬱な思いで過ごした配所の日々も惜しいとは思わない。
忠廣解説
この哥の作意は、二十一代集のある歌に、「いつも憂鬱な気分になった時を待って書け」
などと詠んだ哥がある。今わが身を思い合わせて考えてみるとやはり、そうであろうと思われる。
*ゆるされて早く故郷へ帰りたい。家族も家臣も領民の人々も皆自分を待っていてくれる、
という純粋な思いを、忠廣公は断ち切ることができないのだ。この歌を記憶しておきたい。
いつかその思いから解放される日が来るかもしれないからだ。(加藤注)
72.春の夜のはしゐにかたる手枕の あかぬ契に明る東雲
(釈)春の一夜わが来仕方を自ら語りつつ縁側に出て手枕で寝ていた。いつまでも飽(あか)ぬ強い思いにあけぼのが明(あか)るんできた。
忠廣解説
これは寛永十癸(みずのと)酉(とり)年二月十日の作。又この哥の作意は、明け方であった、いつもよりも
景色が美しく離れがたくなって、寝ては起き、起きては寝、ふかい約束をする気持ちで、数々の浜の小さな砂もけっして磯にはなるまいと、一人の思いでいた。そして曙の光をみる前に起き上がり、心に残ったことを書いただけかもしれぬ。
73.人はいさ心もしらずたまくらの あかぬおもひにまたねもする哉
(釈)他の人はどうかわからないが、私は手枕をしていつまでも飽きることなくまた寝をしているのだ。
忠廣解説
この哥の作意は、前の哥と同じ。ことわりはこれも一つだろう。これら二つの哥は輝いて美しいものに寄せる賛嘆の思いだ。
*小倉百人一首から紀貫之の哥が参考として載っているので引いておく。
人はいさ心もしらず故郷は花ぞ昔の香に匂いける
(釈)人の心は変わりやすいので、わかりません。でもふるさとの花は昔とちっとも変らずかぐわしく香っています。
*美しいものに引き寄せられる忠廣公の性向がここに表れているようだ。異母姉あま姫に対する憧憬も同根なのではないかと思われる。(加藤注)
同十一日
74.年おふるむかしの梅も世にあふや 花の香ふかきよろこびの春
(釈)とし月を経た梅の古木が、この春ふかく香り、今やときめき栄える喜びの春となった。
忠廣解説
この哥の作意は、道の奥山、丸岡という里の人の屋敷へ行った。庭に梅の古木があり、
今年は見事に花が咲いて、花の色も香りも素晴らしいのを見てこのように思い書いた哥の
心であろう。
*忠廣公が配所の外に出た記録として珍しい。(加藤注)
同十二日
75.ふりつもり詠(なが)めなれたる雪なれば とけゆく春の水もあわれさ
(釈)ここに来てもう眺めなれた降り積もった雪なので、ようやく融けて春の水となって流れ行く様子にもひとしおの思いがこもる。
忠廣解説
奥里のいつ融けるか見当もつかない雪であるが、もうながめ慣れてからほど久しいので、
いよいよ融けていく春の景色が惜しまれて書いたものだ。
*この歌も外に出た時の印象だろうか。(加藤注)
この稿続く。
6月18日