2017.06.21 加藤清正歴史研究会
加藤忠廣「塵躰和歌集」(18)英数研究セミナー加藤敦
同十三日
76.おぼろげの夢心ちにも世に出(いで)て またうかるべし人のことわざ
(釈)はかないかすかな夢心地をたどりながら、ふたたび世に出ることがあったら、この夢に見たようにこの人と再びお話ができると思うと、急につらい思いに捕らえられた。
忠廣解説
この哥の作意、すなわち十三日の夢の中に古里に今も住んでいるある人を見て、一緒にお話しなどする様子を見たので、ああふたたび世に出ることがあって、このように一緒に又物語をする事があるかもしれない、と思うとつらくはならなかっただろうに。
*この和歌集の編者である徳川義宣氏の注を引いておく。
「ふるさとにいまある人。不明なれど忠廣には法乗院とその妹の二人の側室の他にも、肥後にのこした側室があった様である。」
*法乗院は眞田家お預けとなっていたので、改易当時出羽丸岡へ行った忠廣公に妻はいなかった。後の妻となる法乗院の妹のしげさんはこの時まだ15歳にすぎなかった。忠廣公の側室となるのはずっと後年のことだろう。
ところで、古里熊本に夢に出てくるような女性がいたことはとても興味がある。この人には妻たちに対するものと違う悔いのような悲しみが感じられる。子供があれば、熊本にも子孫が存在する事になる。この歌を記憶しておきたい。(加藤注)
同十四日
77.船なあ遊び夢に春べのつくづくし かくあとたえぬ筆のすさみに
(釈)よく船を浮かべて遊んだ夢をみた。春の頃の土筆(つくし)は、筆にまかせて書き続けても跡が切れないために。
忠廣解説
この哥の作意、夢の中で船をたくさん浮かべて、筆をたくさん見て、また、人が自分に礼をする姿などをみて、面白いと思った事をあらまし書いたものだろう。
*この歌よくわからない。土筆=筆とみているらしい。「筆を數々見て」とある。これは筆ではなく、土筆のことか。(加藤注)
同十五日
78.花ぐもりはるるきさらぎありあけの 月のかづらも花やさくらん
(釈)薄く曇った花曇りの二月(きさらぎ)の明け方、夜が明けてくるにつれ雲がはれはじめた。月にあると云う丈高い桂の木にも花が咲き始めるだろう。
忠廣解説
または、「花ぐもりころも」(花曇り頃だろうか)とも言える。この歌の作意は、十五夜の月の姿を古哥を引いて詠んだものだろう。
「参考」後撰 巻一 春歌上 紀貫之 (徳川義宣注)
春がすみたなびきにけり久かたの月の桂も花やさくらむ
同十六日
79.この春はわか大鷹をすゑもちて 心もいさむ山のおいどり
(釈)夢の中でこの春、若い大鷹を手に据え持って、心が奮い立つ思いで山に追い鳥狩に行った。
忠廣解説
昨日今朝の夢に、若い大鷹を手に据え持って、弓矢で狩りをした。心が奮い立つ面白さ
だったので、このように書きつけた歌だ。
同十七日
80.うぐひすもうきねになかん春もけふ 風すさまじくふく浮世也
(釈)鶯も憂鬱な声で鳴くだろう。今日の春も風がすさまじく吹き、このありさまはまさに浮世(憂き世)だ。
忠廣解説
この十七日より天気が悪くなり風が猛烈に吹き、毎日が憂鬱だったので、時侯の事を書いたのだ。
この稿続く。
6月21日