(259)朝顔の花もしら露一時の 日影まつまや世の中の夢

  (あさがおの はなもしらつゆ ひとときの ひかげまつまや よのなかのゆめ)

(釈)朝顔の花にしら露がたくさん置かれている。日が出るまでのほんのひと時のまどい。この世の夢と変わらぬはかなさよ。

 

又かくもいへるもしほ草のこと。

260)あさがほの花におきそふしら露も 日影まつまや世の中の夢  とも有。

  (あさがおの はなにおきそう しらつゆも ひかげまつまや よのなかのゆめ)

(釈)朝顔の花に寄り添うように置かれたしら露も、日が照るまでの短い命。この世の夢とおなじはかなさよ。

忠廣解説

 この歌の作意、朝顔の花に露を置き添っている人々を思いながら眺めていると、ほんのひと時ですらない日が出る前の一時の、僅かばかりの盛りである。この世の一睡の夢のように、すべての浮世のもののはかなさを思って、こう書いた塵躰和歌集である。

訳者解説

 朝顔に置き添うしら露が、忠廣公にとって大切な人々であったことを今知らされた。あふれるばかりのしら露も太陽が出るとはかなく消えてしまうのは、懐かしい人を見た夢ですら、日の光の下では跡形もなく消えて行ってしまうのと同じだ。浮世のすべてのものは、一抹の夢のようにはかない、これが忠廣公のすべての思いの通奏低音であると言える。

 

同十八日

261)夢の世の恋路はさらになのみして 雲ゐむなしくとぶかりのこゑ

  (ゆめのよの こいじはさらに なのみして くもいむなしく とぶかりのこえ)

(釈)今となってはもう夢の世の事のように思われる一つの恋が、全く恋と言うだけの事で終わり、空高く飛ぶ雁の声が遠くむなしく聞こえるようなものであった。

忠廣解説

 この歌の作意、この浮世で、過去の恋愛のことを思い出してどうこうしようとしてもどうにもならないことであるが、その噂が広がり、まるで浮雲が迷い出るようにうわさが立つたびに私の心は落ち着かず、不本意であり辛いと思い、いたずらに噂を広げる人の気持ちや思惑を、今恨めしいものとして一途に思いこう書いた塵躰和歌集である。「雲ゐそらなるとぶかりのこゑ」(はるか空遠くとぶ雁の声)とも言えそうであったが、小切れ紙に初めから書きつけてあった方を少しは良いと思ったのである。

訳者解説

 現在忠廣公は数えで二十九歳である。もっと若いころの一度だけのアヴァンチュールであったろうか。女性は一人のようだ。忠廣公はこの時の出来事を苦い思い出としている。予想だにしなかった噂になったことで、女性を傷つけたかもしれない。そのことがさらにつらい思い出となって思い出されたのであろう。

 忠廣公に恨めしく思われた人物、噂を声高にあるいは密かに広めた人物がいるようだ。

 

   同十九日

262)いとどしくなく虫の音も秋そへて きゑし露のみかなしさぞます

  (いとどしく なくむしのねも あきそえて きえしつゆのみ かなしさぞます)

(釈)はげしく盛んに鳴く虫の音も、秋の風情に添えて、消えて亡くなってしまった露の身を思うときますます悲しさがつのる。

忠廣解説

 この歌、塵躰和歌集の作意、浮世の中でもさらに物憂い秋をへて、いずれ消えてゆく露と同じ身のあの方が亡くなった。亡くなられた方の今日は命日にあたるので、書いておこうと思い、哀傷の懐かしさを覚え思い続けた哥のさまである。言葉遣い、心の深い思いを込めた。 

 

訳者解説

 「秋そへて」を「秋をへて」ともある。私は「秋の風情に添えて」と前者で訳した。本日は、寛永四年七月十九日に亡くなったあま姫の命日である。秋になると寂しくも虫の鳴き声と共に、優しかったあま姫のことが思い出されるのであろう。

この稿続く。

令和41022