同十九

297)國によりいつわりてやふる秋時雨 八月中半ばの村雨のころ  空ともや  

  (くににより いつわりてやふる あきしぐれ はずきなかばの むらさめのころ)

  (釈)秋の時雨は国や所によって、降り方を変えているものなのであろうか。八月半ばの村雨の降るころ、早くも秋時雨降る。   あるいは「空によって」とも

忠廣解説

この歌の作意、この頃は村雨が降る景色であるが、ところが、空を眺めていて明らかにもう時雨の景色になっている。「いつわりのなき世なり」という古歌の心を言い換えて、国や所によって雨の降り方を変えているのだろうかと、見立てて詠んだ塵躰和歌集のさまである。

訳者解説

天候に疎い翻訳者泣かせの歌だ。八月半ばはまだ村雨の季節であるはずだが、はや時雨の景色に様変わりしたことが、空を見ていてまがうべくもない、というのである。「いつわりのなき世なり」はよくわからないが、誇張表現を使ったユーモアであろう。

 

同廿日

298)はたおりもいとやみじかくきりぎりす きぬがさ山もさむしとやなく

  (はたおりも いとやみじかく きりぎりす きぬがさやまも さむしとやなく)

(釈)きりぎりすも機織りの糸が短いと嘆き、龍安寺のそばなる衣笠山も寒い寒いと言って泣いている。

忠廣解説

又は、「きぬがさ山もさむきをやなく」(衣笠山の寒さを鳴く)とも。この歌の作意、名所のことを詠んだ哥であろう。言葉つづきは吉野山のできばえであろうと思う。またきりぎりすのことも、このようにはたおり(機織り)と、古名で入れた。

 

訳者解説

きりぎりす=機織り→糸→短い=寒いという風に続く連想が、悲しくも美しい。やはり吉野山のできであろう。

この稿続く。

令和41119日